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マグロ漁の町 バルバテとサアラ

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マグロのアルマドラバ漁によりバルバテとサアラ・デ・ロス・アトゥネスの海岸の町は社会的地位向上と経済発展がもたらされ、それは革命とも言えるものでした。その影響がこの地域の多くの建築物にも反映されています。

古代から、マグロはここ地中海で高く評価され、フェニキア人は漁獲したマグロを土瓶に詰め、カルタゴに運びました。

つまり3000年前にここカディスの海岸(ジブラルタル海峡)の町に、マグロの漁獲とその加工工場が最初の町として設立されたのです。

食材の必要性

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その後、ローマ帝国隆盛時においては、マグロ漁は多くの大都市の食料源として重要な位置を占める事になりました。

獲れたマグロは部位ごとに切断し塩漬けにした後に土製の瓶に詰め、地中海沿岸全域に輸送されました。

その後のアラブ支配の時代においても常にマグロ漁は重要な産業であり続けました。その証拠にマグロ漁法のアルマドラバ(almadraba)という言葉はアラビア語で「闘う場所」と言う意味でマグロ漁場を示しています。

メディナ = シドニア公爵、新たな領主

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レコンキスタでアラブ人を追放した後はメディナ = シドニア公爵がこの地域の新たな領主となり、マグロ漁の恩恵を引き継ぎます。

しかし、ベルベル人の海賊の重なる被害が漁師の安全を奪い、その後はこれに耐え、危険を顧みないこの重労働に逃亡者・泥棒・殺人者など、「刑務所に入るよりはマグロ漁」といったタイプの人間を雇い入れる事となりました。

一方、バルバテとサアラ ・ デ ・ ロス ・ アトゥネスではバルバテ 18 世紀の半ばには小さな漁村が確立され、19世紀の終わりにはその村の人口は数倍となりました。

3000年前からのマグロ漁

3000 年前からマグロ漁がこの土地、このあたりの海岸で続けられたのは偶然ではなく、マグロの産卵回遊がこの地であったためです。

マグロ トラップの搾取革命を起こしたバルバテとサアラ ・ デ ・ ロス ・ アトゥネスでのマグロ漁の繁栄はこの地方の社会発展、経済発展となり、この影響が多くの建造物に反映されています。

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